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静岡地方裁判所 平成5年(行ウ)7号 判決

原告

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士

杉村茂

被告

静岡県知事 石川嘉延

右指定代理人

松村玲子

村田英雄

鈴木朝夫

島井不二雄

高柳昌興

真子義秋

大塚隆雄

良知哲治

興津銑三

大石裕章

理由

三 そこで、本件再交付処分の適否について検討する。

1  請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがないところ、右事実及び右二の2の(一)の事実に、〔証拠略〕を併せ考えると、次の事実を認めることができる。

(一)  身体障害者手帳の交付又は再交付の申請があった場合に、都道府県知事又は指定都市の市長(以下「都道府県知事等」という。)が法施行規則七条及び別表第五号に基づいて行う級別の審査認定は、従前から、法施行規則別表第五号で用いられている用語の解説、具体例の挙示等を内容とする各都道府県知事指定都市市長宛て厚生省社会局長通知や、これを補足し細部の取扱い等を示す内容の厚生省社会局更生課長の通知・回答等を基準として行われているところ、昭和五九年厚生省令第五三号により法施行規則別表第五号の一部が改正されたこと等に伴い、同局長は、同年九月二八日付けで、それまで同局長通知(昭和五七年四月一日社更第五二号同局長通知「身体障害者障害程度等級表について」)に代わるものとして、その内容を改定した一二七号通知を発出し、これを昭和五九年一〇月一日から適用することとした。また、これに伴って、厚生省社会局更生課長は、級別の審査認定に当たっての細部の取扱いを示す一七〇号通知を発出した。本件において、原、被告が障害程度認定基準又は単に認定基準と称するのは、右通知・回答等によって示される級別の認定基準のことであり、その改定とは、右一二七号通知及び一七〇号通知による右級別の認定基準の改定を意味するものである。

(二)  一二七号通知及び一七〇号通知のなされる以前は、一下肢の変形性股関節症により股関節に人工骨頭又は人工関係の全置換術を受けた場合の取扱いは、昭和五〇年八月四日付社更第一〇六号厚生省社会局更生課長回答(「大腿骨頸部骨折による人工骨頭の認定について」)により、級別の三級(一下肢の機能を全廃したもの)に認定されることとされており、旧交付処分において、原告の左股関節機能障害につき級別が三級とされたのは右取扱いに従ったものであった。しかし、人工関節置換術の進歩により術後の機能障害の程度が著しく改善されるようになって、右の取扱いは他の障害との間に公平を欠くこととなったため、一二七号通知及び一七〇号通知においては、右取扱いを改めて、股関節に人工骨頭又は人工関節を用いたものの級別は四級(一下肢の股関節又は膝関節の機能を全廃したもの)に当たるとの認定がなされることとされた。

(三)  原告が本件申請に添付した渡辺診断書には、別紙記載のとおりの趣旨の記載があった。被告は、右渡辺診断書等に基づき、静岡県社会福祉審議会障害者専門分科会審査部会の専門医である委員の審査を経た上で、原告には、従前の左股関節機能障害のほか、右股関節機能障害が加わったことを認めたが、人工関節を使用した左股関節機能障害については、一二七号通知及び一七〇号通知に示された取扱いに従ってその級別を四級と認定し、また、右股関節機能障害についても、渡辺診断書記載の障害の内容程度によりその級別を四級(一下肢の股関節又は膝関節の機能を全廃したもの)と認定して、法施行規則別表第五号の備考1の定めに則り、原告の障害の級別を総合して三級に該当するものとして本件再交付処分をした。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2(一)  身体障害者手帳の交付又は再交付の申請があった場合に、都道府県知事等が行う級別の審査認定が、厚生省社会局長通知やこれを補足する厚生省社会局更生課長の通知・回答等を基準として行われることは右1の認定のとおりであるところ、各都道府県知事等が、多数の申請者からの申請に対してその障害の内容程度の審査認定に当たることに鑑みれば、かかる審査認定に関する基準を統一化して申請者間の公平を期するとともに、認定審査に係る事務の効率化を図るために、右のような取扱いがなされることに十分な合理性があることはいうまでもない。

そして、右厚生省社会局長通知等は、右のように身体障害者手帳の交付又は再交付申請者の公平を期する等の目的のため、その障害の内容程度を審査認定する基準を示すものであるから、それが、各障害ごとに医学上の水準に即応した内容のものであることを要すること、したがって、医療技術の進歩その他の理由により、医学上の水準に照らし、ある障害についての認定の基準が、他の障害のそれに較べ均衡を失するに至ったような場合においては、適宜当該基準の改定がなされる必要があることも明らかであって、一二七号通知及び一七〇号通知において、人工関節置換術の進歩により術後の機能障害の程度が著しく改善されるようになったことを理由として、股関節に人工骨頭又は人工関節を用いたものの級別を四級に認定するよう改定がなされたことについても合理性が認められるものというべきである。

もっとも、法、法施行令及び法施行規則上、身体障害者手帳の交付を受けた者が法別表に掲げる障害を有しなくなったときに、その交付を受けた者が身体障害者手帳を返還すべき旨、あるいは都道府県知事等がその返還を命じ得る旨の定めはあるものの、都道府県知事等が、定期的に、身体障害者手帳の交付を受けた者から診断書の提出を求めるなどして、その障害の内容程度を審査認定し直すような制度は設けられていないので、右のように厚生省社会局長通知等に改定があって、審査認定の基準が変ったとしても、それ以前に既に身体障害者手帳の交付を受けた多数の者につき、改定後の基準を適用して級別の認定をし直すようなことは事実上不可能であることは明らかであり、そうであるとすれば、その改定後の基準を一定の日以降の級別の認定について適用するものとして、右一定の日以後に級別の認定をする機会のあった者とその機会のなかった者との間に、結果的に公平を欠く点が生ずることになるとしても、その限りにおいては、やむを得ないものといわなければならない。

(二)  右のほか、〔証拠略〕によれば、一二七号通知及び一七〇号通知が障害の種類、程度ごとに定める具体的な認定の基準は、少なくとも下肢の機能障害に関しては、法施行規則別表第五号に所定の障害の種類、程度に係るものとして適正であるものと認められる。そうすると、右1の(三)のとおり、原告の本件申請に対し、添付の渡辺診断書等に基づいて審査をし、人工関節を使用した左股関節機能障害については、一二七号通知及び一七〇号通知に示された取扱いに従ってその級別を四級と認定し、また、右股関節機能障害についても、渡辺診断書記載の障害の内容程度によりその級別を四級(一下肢の股関節又は膝関節の機能を全廃したもの)と認定した上で、法施行規則別表第五号の備考1の定めに則り、原告の障害の級別を総合して三級に該当するものとしてなした被告の本件再交付処分は正当であるというべきである。

3(一)  原告は、障害程度認定基準の改定があったとしても、その改定後の認定基準は、改正後に初めて級別を認定する場合に適用されるべきであって、改定前から既に級別の認定をされていた者に対し、改定後の認定基準を適用して下位の級別と認定することは許されないから、原告の左股関節機能障害の級別は三級と認定されるべきものであると主張する。

(二)  しかしながら、一二七号通知が昭和五九年一〇月一日から適用されることとされていることは右1の認定のとおりであるが、そのような取扱いとした趣旨は右2の(一)のとおりであって、右の日以降に級別の認定をする機会のなかった者については、従前のままの級別が維持されることもやむを得ないものとするものである。しかるところ、同一人に複数の障害が重複してある場合においては、原則として各障害の程度(級別)を個別に認定した上でこれを総合してその者の級別を定めるものとされていること(法施行規則別表第五号の備考1ないし3)等に徴すれば、法施行令五条、法施行規則一二条に基づき、既に身体障害者手帳の交付を受けた者が、そのときに有していた障害に加えそれ以外の障害を有するに至ったことを理由として、身体障害者手帳の再交付の申請をした場合においては、都道府県知事等は、その新たに有するに至った障害のほか、既に有する障害の内容程度についても再度審査認定すべきものとされていることは明らかであるから、その既に有する障害の内容程度の審査認定の際に、一二七号通知及び一七〇号通知に示された基準に従うことが、一二七号通知が昭和五九年一〇月一日から適用されることとされていることに抵触するものとはいえない。また、身体障害者手帳に障害名や級別を記載するのは、その交付を受けた身体障害者に対し、法に基づく各種の援護措置を実施するに当たって障害の種別や程度を確認するためのものであると解されるから、その援護措置の適正な実施の上で、障害の種別や程度をできる限り現況に即して記載しておく必要があるものと考えられ、そのためには、身体障害者手帳の再交付申請があった場合には、その申請の際の認定基準に従って障害の級別を改めて審査認定することを要するものというべきである。

(三)  そうすると、原告の右(一)の主張は、少なくとも、身体障害者手帳の再交付申請がなされた場合に関するものとしては理由がない。

(四)  なお、原告は、一二七号通知及び一七〇号通知による認定基準の改定の契機となった昭和五九年法律第六三号による法の改正が、身体障害者に対する援護措置ないし福祉上の給付をより低く変更するもので、憲法二五条二項所定の国の責務に照らし不当なものであるとか、右の法の改正を根拠として、その改正前に既に級別の認定を受けていた原告に対する不利益な取扱をするのであれば、原告に対するそのような法の適用は憲法に違反するとかと主張するが、右の法の改正が身体障害者に対する援護措置ないし福祉上の給付をより低く変更するものであるとする具体的な根拠の主張を伴わないのみならず、そもそも、一二七号通知及び一七〇号通知において、股関節に人工骨頭又は人工関節を用いたものの級別を四級に認定するよう改定がなされた理由は右1の認定のとおりであって、これは、右の法の改正又はこれに伴う法施行令若しくは法施行規則の改正の内容と直接の関連はないから、原告の右違憲主張はその前提を欠くものであって、失当であることは明らかである。

4(一)  原告は、原告の左右両下肢の長さに三センチメートル以上の差があるほか、その日常動作については、ズボンの着脱、座ることは一人ではうまくできず、片足で立つことも不可能であり、階段の昇り降りは手すりを掴まないとできず、常時松葉杖を必要とし、座った状態で行う軽作業のみが可能であるといった状態であるとして、このような両下肢の障害の内容及び日常生活に対する影響に鑑み、原告の左右股関節機能障害の級別はいずれも三級と認定されるべきであると主張し、右主張を前提として原告の障害の級別は総合して二級と認定されるべきものであるとか、また、左股関節機能障害の級別が三級であることを前提として右股関節機能障害の級別が四級であるとしても、障害程度認定基準における異なる等級について二以上の重複する障害がある場合の取扱いに従い、原告の障害の級別は総合して二級と認定されるべきであるとかと主張する。

(二)  しかして、右1の認定に係る別紙記載の平成三年一〇月九日付け渡辺診断書によると、同日現在における原告の動作・活動の状況としては、ズボンの着脱には椅子を必要とし、階段の昇り降りには手すりに掴まることを要し、また立ったり移動したりする際には概ね常時松葉杖又は杖を使用する状態であったことが認められるから、本件再交付処分時においても、原告はほぼ右のような状態であったものと推認される。

(三)  しかし、左右両下肢の長さに三センチメートル以上の差があるとの点については、〔証拠略〕によれば、田中治男医師作成の昭和五九年八月三日付身体障害者診断書(肢体不自由用)に、右下肢長が八三センチメートル、左下肢長が八四・五センチメートルとの記載があることが認められるほか、原告本人尋問の結果中に、原告が昭和六三年に東大病院で右股関係の手術を受けた後に左下肢長が右下肢長に較べ三ないし四センチメートル程長いと診断された旨の供述部分があるものの、右田中治男医師作成の診断書は、本件再交付処分の七年余り以前に作成されたものである上、右二の1の(一)の認定のとおり、原告はその間の昭和六三年二月に右股関節の外反骨切り術を受けているのであるから、右診断書により本件再交付処分時における原告の左右下肢長を認定することができないことは明らかであるし、また、原告の右供述部分は、右1の認定に係る別紙記載の平成三年一〇月九日付け渡辺診断書に原告の左右下肢長がいずれも七四センチメートルと記載されていること等に照らして、少なくとも本件再交付処分時の状況を述べるものとしては、信用することができない。他に、本件再交付処分時において、原告の左右両下肢の長さに三センチメートル以上の差があることを認めるに足りる証拠はない。

(四)  ところで、下肢の障害として級別の三級に該当するものとしては、両下肢をショッパー関節以上で欠くもの、一下肢を大腿の二分の一以上で欠くもの及び一下肢の機能を全廃したものがあるが(法施行規則別表第五号)、前二者は機能障害ではないから、原告の左右両下肢の機能障害がそれぞれ級別の三級に当たるものとするためには、いずれもそれが下肢機能全廃といい得る程度のものであることが必要である。

しかして、一二七号通知及び一七〇号通知が下肢の機能障害に関して定める具体的な認定の基準が、法施行規則別表第五号に所定の障害の種類、程度に係るものとして適正であるものと認められることは右2の(二)のとおりであるところ、〔証拠略〕によれば、一二七号通知及び一七〇号通知において、一下肢の機能障害のうちの全廃とは、下肢との運動性と支持性をほとんど失ったものをいうとされ、具体例として、下肢全体の筋力の低下のために患肢で立位を保持できないもの、及び大腿骨又は脛骨の骨幹部偽関節のため患肢で立位を保持できないものが挙げられていることが認められる。しかし、右(二)の原告の動作・活動の状況に照らし、原告の左右両下肢とも、その運動性と支持性をほとんど失ったというまでに至っているものとは認め得ないし、また、右の各具体例に当てはまる状況であることを認めるに足りる証拠もない。

なお、〔証拠略〕によれば、髙取吉雄医師作成に係る平成四年八月一三日付国民年金厚生年金保険診断書(肢体の障害用)には、原告の日常動作の障害程度として、ズボンの着脱、座ること、歩くことはいずれも一人ではうまくできず、片足で立つことは左右とも一人では全くできず、靴下を履くことは、右足は一人では全くできず、左足は一人ではうまくできず、立ち上がるには支持が必要であり、階段の昇り降りには手すりが必要である旨が、また、補助用具として常時松葉杖を必要とする旨が、さらに、日常生活活動能力又は労働能力としては軽作業(坐業)のみ可能である旨がそれぞれ記載されていることが認められるところ、右診断書は、本件再交付処分から八か月余り後に作成されたものであるから、これによって、本件再交付処分時においても原告が右のような状況であったものとは直ちに認め難いのみならず、仮にその点は暫く措き、右診断書の記載によって検討するとしても、原告の左右両下肢とも、その運動性と支持性をほとんど失ったというまでに至っているものとは認め得ないといわざるを得ない。

(五)  のみならず、法施行規則別表第五号には、下肢機能障害の種別として、一下肢の機能の全廃や著しい障害とは別に、一下肢の股関節、膝関節又は足関節の機能の全廃や著しい障害が掲げられ、かつその級別は一下肢の機能の全廃や著しい障害よりもそれぞれ低位とされているのであるから、一下肢の機能の全廃や著しい障害とは、原則としては、一下肢の股関節、膝関節又は足関節のうちいずれか一関節に機能の全廃や著しい障害があるに止まらず、下肢全般にわたって機能の全廃や著しい障害が認められる状況であることを要するものと解さざるをえない。

しかるところ、右1の認定に係る別紙記載の平成三年一〇年九日付け渡辺診断書によると、原告の両下肢各関節の可動域及び筋力テストの結果等に徴し、同日現在において、原告の下肢機能障害の部位は、左右膝関節にごく軽度の機能障害が認められるほかは、左右股関節に限定されていることが認められるのであるから、本件再交付処分時においても、そのような状況であったものと推認される(なお、〔証拠略〕によれば、前記髙取医師作成に係る平成四年八月一三日付けの診断書においても、左右股関節以外の部位に機能障害があるものとはされていないことが認められる。)。

(六)  そうすると、原告の右(一)の主張はいずれにせよ失当である。

5  原告は、左右股関節機能の障害のために、両下肢機能に著しい障害がある状態であるから、左右の下肢の障害につき別々に級別を認定してそれを総合するのではなく、単独の両下肢の障害としてその級別を二級(両下肢の機能の著しい障害)とする認定をすべきであるとも主張する。

しかしながら、右4の(五)で述べたと同様、両下肢の機能の著しい障害とは、単に左右両下肢の股関節、膝関節又は足関節のうちいずれか一関節の機能に全廃や著しい障害があるに止まらず、両下肢全般にわたって著しい障害が認められる状況であることを要するものと解されるところ、本件再交付処分時において、原告の下肢機能障害の部位は、ほぼ左右股関節に限定されていると推認されることも右4の(五)のとおりであるから、原告の右主張も失当であることは明らかである。

6  以上によれば、原告の障害の級別を総合して三級に該当するものとしてなされた本件再交付処分は適法である。

三 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 小林直樹)

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